すこし前のことになりますが、ヨーロッパの古い時代の婚姻制度について書いたことがあります。古いとはいっても、せいぜい16世紀の初めから18世紀の終わりごろまでのフランス近世の婚姻制度の歴史についてです。ご存じのとおり、カトリック教会の影響の強いヨーロッパではすでに中世には離婚ができなくなっていました。
しかし、ルターによってドイツで宗教改革がはじめられると、その影響はフランスにも波及します。ただし、ドイツのプロテスタント諸国がはやくから離婚を認めたのに対して、カトリック教会の長女と言われたフランスの国王はカトリックと同様にプロテスタントにも離婚を決して認めませんでした。ついにフランスで離婚制度が公に誕生したのは、1789年に勃発したフランス革命時代のことです。つまり、1792年9月20日の離婚法が議会で可決されるまで、フランスには離婚法が存在しなかったのです。
ふつう離婚の歴史を語る際には、このフランス革命期の離婚法とナポレオンの民法典(1804年)の離婚規定に着目するのが一般的です。しかし、ここではあえて離婚法が誕生するまでの長い長い前夜に目を向けてみたいと思います。これから全14回にわたって連載していきます。
第3話でお話ししたように、カトリック教会は親の同意のない子どもの秘密婚を有効であると判断しました。ただし、婚姻が有効に成立する要件として、主任司祭と証人が婚姻当事者の合意の交換に立ち会わなければならないとも決めたのです(タムエトシ令)。
しかし、すでにフランス国王は立法で親の同意のない子どもの婚姻には相続廃除という罰則を科していましたから、この玉虫色のカノン法はフランス王国では受け入れられませんでした。
こうして、フランスではカノン法から離れて少しずつ王国の婚姻法が整備されていくことになります。まず、アンリ三世によって1579年5月「ブロワの王令」のなかに婚姻にかんするいくつかの具体的な規定が置かれました。ここでは、人の出生・婚姻・死亡について記録していた教会の教区簿冊を国王裁判所へ運ぶよう命じた181条に着目してみましょう。
(181条)しばしば人の出生、婚姻、死、埋葬にかかわる裁判で行われざるを得ない証人による証明を避けるため、余の裁判所書記長に対し、自らの裁判所の管轄の主任司祭またはその助任司祭を毎年ごとに追及し、その年に行われた彼らの小教区の洗礼、婚姻、埋葬の登録簿を毎年年末後の二ヶ月以内に運ぶことを命じる。
これより40年前にフランソワ一世によって出された1539年8月「ヴィレール・コトレの王令」では、洗礼と埋葬についてだけ定められていましたから、ブロワの王令ではこれが婚姻にまで広げられたことになります。それまで訴訟では、身分関係の証明を証人による証言に頼らないといけないということもしばしばだったのですが、国王裁判所にカトリック教会の洗礼・婚姻・死亡の登録簿を備えることによって、書面による証拠が証人による証言にとって代わることになります。
もっとも、カトリック教会が教区簿冊をそのまま国王裁判所に渡すことは考えられませんから、副本(写し)を作成したり、国王裁判所に運ぶ費用はどっちが負担すべきかといった王令を運用する上での議論はつづいていくことになります。こうして、フランスではカトリック教会の教区簿冊の副本が国王裁判所に備えつけられることになり、国王裁判所において相続や婚姻の有効性を争う事件ではこれが証拠として使われるようになります。これを民事身分の登録簿といいます。
その後、王国の婚姻にかんする法律は、ルイ一三世の1639年11月26日国王宣言のなかにまとめられることになります。そして、秘密婚については新たな罰則が加わりました。すなわち、秘密婚をした夫婦とそこから生まれた子どもについて、「内縁関係の恥辱の影響を強く受け、その子孫に至るまで、相続における無能力者である」ことが宣言されたため(5条)、それまで秘密婚をした子どもだけが負っていた相続廃除のペナルティについて彼らの子々孫々にまでおよぶとされたのです。
第2話でお話ししたように、もともとは親の同意のない秘密婚をした子どもについて、アンリ二世の1556年2月「秘密婚に対抗するための勅令」は親からの相続権を廃除する規定を置いていました。それに加えて、1639年の国王宣言は秘密婚をした夫婦から生まれた子どもに対しても、夫婦が残した遺産を受け取れないようにしたのです。この規定は、後にプロテスタントの婚姻から生まれた子どもの相続権をめぐる訴訟においてその濫用が問題となります。
さらに、1639年の国王宣言では、婚姻の証明について世俗の裁判官に対しても、教会の裁判官に対しても、書面以外の方法で婚姻の約束の証拠を受け取ることが禁じられました(7条)。つまり、ルイ一三世は教会裁判所では教区簿冊、国王裁判所では民事身分の登録簿のような書証でなければ、婚姻という身分関係の証拠としては不十分であるとの判断を示したのです。
しかしながら、17世紀の後半においてもまだ、婚姻の登録簿が存在しない何らかの事情がある場合には、夫婦の身分を占有しているとの証言で婚姻を立証することがまだ可能だったようです。では次回は、この夫婦による身分占有によって婚姻の存在を認めた当時の判例を見てみることにしましょう。
【写真】リュクサンブール公園とチューリップ
ルイ一三世の母であるマリー・ド・メディシスによって17世紀初頭に建造されたリュクサンブール宮殿には、以前お話しした通り議会上院である元老院(セナ)が現在置かれています。ルイ一三世の父は、フランスの宗教戦争を終結させたことで知られるナントの勅令で有名なアンリ四世です。一方、ナントの勅令を廃止し、プロテスタントの公的礼拝を禁止したルイ一四世は、ルイ一三世の息子です。
土志田 佳枝(名古屋総合法律事務所事務員)
【論文】
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻(一)フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集240号(2011年)101-157頁
「アンシャン・レジームにおけるプロテスタントの婚姻(二・完)フランス婚姻法の法制史的研究」名古屋大学法政論集241号(2011年)55-105頁
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